溶接機のノイズ

昔から、溶接工は子供が出来にくい、という噂話を現場で耳にしてきた。アークスタート時の高周波やアーク放電中の電磁波の影響で精子の核が破壊される、という誰も厳密に確かめたことのない不可視の状態を想像してしまってそういう噂話になったのだと思う。

幸いに、わたしは二人の子供を授かることが出来たが、確かに溶接をやっていて身体に良いはずはないと思うことがしばしばある。厚板のアルミ溶接(交流)などビビビビッ、と物凄い音だけでなく、波動のようなものを全身に浴びている感じがする。

携帯電話が壊れた、腕時計が狂った、ゲームボーイが誤作動をおこした、等は現実に起きた話で、心臓にペースメーカーを入れていたら命の生死にかかわるだろ う。PCや携帯電話からの電磁波とはケタが違うはずだ。電磁波と一口に括る事などできないだろうが、わたしは専門家ではないし、ネットで資料を探しても素 人が理解できるようにやさしく解説してくれるところはなかなか見当たらない。

「電気溶接機は変圧トランスの塊のようなもので、正に不良電波発生機と呼んでも過言ではない」

こんな記述を目にすると、いかに自分が仕事とする環境が劣悪なのかと改めて思う。しかし、わたし自身がそれを含めてこの仕事を選択したのだから、現状を受け 入れる他ない。今、大きく変貌を遂げようとしている中国の需要で日本国内は鋼材が不足している。手に入りにくいばかりか、値上りも激しい。日本の溶接機は 評判が良いので、既にメーカーが中国で現地生産し、販売実績が記録的だという程、売れているらしい。

本来、溶接機の製造メーカーが環境安全基準を設定し、人体や環境への影響の詳細なデータをとり、公表してしかるべきだと思うのだが、現在までにそれは全く果たせていない。例えば、自動車メーカーの環境への配慮基準からは大きく遅れている。

先日、お隣の工場からAMラジオにノイズが入り、高校野球の実況中継が聞こえなくなるとの指摘で初めて気付いたのだが、原因はうちの溶接機のインバータノイ ズだった。わたしもラジオをFMからAMに切り替えて試してみると、アークを出している間中ずっと、ピーーーというノイズが入り、放送は全く聞こえなく なった。お隣にしたら大迷惑である。わたしは恐縮し、溶接機メーカーの代理店に問い合わせたが、帰ってきた答えはこうだった。

「鉄板で覆ってみたらどうですか」

代理店の意識はこの程度のものかとあきれてしまった。溶接機を鉄板のカバーで覆ってしまったらせっかくの操作性が失われ、現実問題として不便きわまりない。 ブレーカーにコンデンサを接続することでの効果も訊ねたが「それはわかりません」で終わり、わたしはそれ以上メーカーに相談する事はやめにした。

ネットで調べてみると、インバータノイズをカットする機器等が見つかったが、溶接機の消費電力に対応するものは、大型で明らかに高価そうで、そう簡単に手を出 せるものではない。効果の程も実際に設置してみないとわからない。この問題を確実に解決できるまで時間がかかるだろうが、わたしはやり遂げなければならな いと思っている。

こういう問題を専門に研究しているところで、現場のデータ(血液、精子等の分析?)が欲しいという要望があれば、わたしは提供者になっても良いと思っている。

溶接機メーカーを批判する気はないが、中国景気に浮かれず、デジタル化を進めるだけでなく、環境安全基準を厳しく設定し、研究、開発に邁進して欲しいと思う。それが製造業に身を置く立場としての責任だからだ。