雰囲気

「雰囲気」という言葉がある。

「あの二人、イイ雰囲気だね」とか「このお店の雰囲気、素敵」というように遣うことがあるが、それは二人の関係がつくり出している空気、そのお店がかもし出している空気や、それらをとりまいている感じやムードのことをさして言う。

「雰囲気」・・・もともとは科学、化学などの分野で遣われる言葉で、地球をとりまく空気や大気の状態、あるいは環境のことを意味している。

溶接作業においては、この「雰囲気」づくりこそが重要なポイントとなる。融点を超える熱で溶かされ、接合された金属は、冷めるとともに再び凝固する。この過程で、空気中の酸素や窒素などの成分を巻き込んでしまう。凝固した溶接部内に酸化物や窒化物(いわゆる不純物)が混ざってしまうと金属組織が脆弱になり、 性質が悪くなる。

したがって、いかに溶接部を大気から保護、または遮断するかが鍵となる。溶接方法は製品に求められる条件によって使い分けられ、多岐にわたるが、わたしが専 門とするTIG溶接では、不活性ガスを使う。TIG溶接のTIGとはタングステン(Tungsten)・イナート (Inert)・ガス(Gas)の略で、電気で発生させるアーク電極に金属中で最も融点が高いタングステンを用い、イナートガス(不活性ガス)を流し続け ることによって、溶接部を大気から保護するのである。

不活性ガスとは化学作用を起こさない、他の成分と反応しないガスのことで、代表的なも のにヘリウムガスやアルゴンガスがある。TIG溶接ではコスト面において、欧米ではヘリウムガス、日本ではアルゴンガスを使用するのが主流となっている。 アルゴンガスはカツオ節やポテトチップスなどの食品の真空パックにも充填されているのでお馴染みだろう。これも酸化や変質を防ぐ目的で使われ、袋の中はア ルゴンガス雰囲気に包まれているのである。

「不活性」というと活性ではない、活発ではないというような負のイメージがつきやすいが、何かを護る、シールドするなどという時には、なくてはならない重要な存在なのである。

アルゴンガス雰囲気に包まれている溶接部、緑系の遮光グラスを通して見る光、金属が溶けて結びついていく様子を体現していると「何かが出会い、何かが生まれる」瞬間に立ち会っているような気分になることがある。

おおげさに言うと、わたしは製品を作っているのではなく、製品として本来あるべき姿に戻ろうとしている過程に、仲人として、ただほんの少しの手を添えているだけのような気もしてくる。

まあ、自己満足かもしれないが、そこにささやかな喜びを感じる。仕事だけではなく、家族や友人、社会との関わりにおいても、その場の状況に応じた「イイ雰囲気づくり」を心がけたいものである。