不確かな理由づけ

この4月、TIG溶接用のステンレス溶接棒の値段がまた上がった。308材で1kgあたり100円、316L材ではなんと250円。いくらなんでも上がり過ぎである。本来、値は需要と供給の程良いバランスで決まるのだろうが、今、あきらかにそのバランスが崩れている。

聞くところによると、供給が全く追いつかないのだそうだ。材料はその大半を中国向けの輸出に持っていかれ、国内は究極の材料不足に陥っている。そして、それ ら材料を中国に運ぶ為の船便が必要とされ、現在、国内の造船工場では多忙を極めて船を急造しているのだという。よって国内では造船会社優先に材料が回され ている。

・・・どこか、おかしい。国内の材料不足といっても、うちで使うようなポピュラーな材料はそれほど滞りなく入ってくる。手に入らな くてモノが造れない、というようなこともない。以前に比べ、材料が入りにくくなった、という実感は全くないのである。ただ値段が高くなっただけだ。

国内の鋼材メーカは新たに炉を増設することなく(過去の痛い教訓から)、ここ数年、原材料である「鉄鉱石の値上がり」や「原油の値上がり」の影響をその理由 にはしてこなかった。そして、この3月30日付で鋼材メーカは「新日本製鐵(株)・住友金属工業(株)・(株)神戸製鋼所間の住友金属工業(株)の鉄源設 備共同利用、及び更なる連携深化について」という声明を三社共同で発表した。この企業間再編の流れは、まあ、わからなくもない。メーカが利益を得ながら、 生き延びることへの必死さも伝わってくる。

が、はっきりいって、これは国内で鋼材を扱うという権利の独占である。これにより、価格間等の競争がなくなるということを意味している。競争がないということは「質」を確実に落とすことになるだろう。

過去、日本の鋼材の質は世界一といわれてきた。だから韓国など自国で生産設備を備えながらも「これはというところ」には日本からの輸入材料を使ってきたので ある。わたしはそこまでこだわらないが、知り合いの溶接屋(TIGでなくCO2半自動溶接専門)さんは、どこそこの炉(国内の特定の工場)で産まれた溶接 棒(ワイヤー)のみしか信用して使わない。厳密にいうと、湿度などの気候条件によって、その質は微妙に異なるのである。

このことは今に始まったことではないのだが、先日、加工屋さんと「どうも最近、材料の質が落ちてきている気がしない?」という話になった。

「見た目じゃ全くわからないんだけどさ、溶かし始めると、内からなんか不純物みたいのが出てきてアークが変に振れるのよ。そんでそれが最後まで引きずって、ついてくんの。まいっちゃうよ」

「あ、オレも旋盤で削っててさ、キリコ(削りくず)がなんか違うんだよね。仕上げ面だっていうのに、巣(ほんの微細な空孔)が出てきちまってさ。シール面(真空フランジなどの接触面)だぜ」

・・・そうやって最近、巣を溶接で埋めてくれという頼みが、わたしのところに増えているのである。

この先、まだ値が上がるような気がしてならない。「鉄鉱石の値上がり」や「原油の値上がり」という理由づけが確保できそうだからである。状況が好転するとは思えない。価格にしろ質にしろ、ちょっと「覚悟」しなければならないと思っている。