人間の覚悟

「青信号の時が、実は一番危ないのです」

これは昔、当時わたしが入所した自動車免許合宿教習所の老齢の教官がいった言葉で、今でも時折思い出すことがある。初めて聞いた当初は正直いってピンとこなかったのだが、妙に心の隅にひっかかり、そのほんの数年後には実際に体験することになってしまったのだった。

自動車免許証の交付を受けるとすぐにわたしは職を探しに職業安定所に向かった。20代の中頃、それまでは今でいうフリーターをやっており、アルバイトの身分 で様々な職を転々としていた。ある女性と出会ったこともあり、わたしはそれまでの生活スタイルにおさらばして、自動車免許証を手に、初めて会社員になろう と決意していたのである。目指す職種はドライバー。トラックでもタクシーでも車を運転する業務で、それに毎月の定収入が確保されるならば御の字だった。

人並みより遅れて免許証を手に入れた分、毎日車を運転することにより、ルールや技術を早く身につけようと思ったのだ。今思えば本当に運が良く採用されたのだと思う。自動二輪(中型)は長野の郷里にいた頃の高校生の時から持っていたが、四輪に関してはなにしろ運転経験がゼロに等しかったのだから。わたしの会社 員生活はそうして初心者マークをつけて2tトラックに乗り込むとことから始まった。

入社した会社はもともとは畳から始まり、中国段通、カーテン、カーペットなどを取り扱う卸業で、わたしの業務は東京多摩地区を出発拠点に都内、隣県の畳屋さ んや家具屋さんをまわって畳表やその他の商品を配達するだけでなく、新製品の注文をとったり、カーテン加工屋さんに特注品を発注したりというルート営業の ようなものも兼ねていた。

多摩地区を出発し、環八、環七を越えて都心に向かって2tトラックを運転していくのは当初、冒険のようなものだっ たが、それを毎日、習慣のように続けていると、それなりにこなれてくる。やがて一年が経ち、初心者マークがとれる頃になると、無事故でいられたこともあっ て妙な慣れ感のようなものがでてくる。

「初心者マークがとれる頃ですね。特に気をつけてほしいのは」

これもあの老齢の教官が いった言葉で、その頃も忘れずに、なるべく意識するようにしていた。慣れてくると初心の慎重さを忘れがちになる。妙な自信も生まれやすい。戒めなさい。老 齢の教官の言葉にはどこか人生を達観しているような響きがあって、わたしは今でもその声、口調や姿までも思い出すことができる。

その時も気 をつけていたはずだった。当時、会社へは原付バイク(新車で買ったばかりのホンダ・スーパーカブ)で通勤しており、距離にして1km、そこそこの大通り で、道幅に余裕があり、見通しの良い一本道だった。その日一日の仕事を終え、会社からの帰宅時、一本道のなんでもない青信号を通過しようとした時に、進行 方向の右側から突然、自転車が猛スピードで飛び出してきた。とっさにブレーキをかけることもハンドルを左に逃がす間もなく、自転車の前輪とわたしのバイク の前輪がぶつかり、ともに弾き飛ばされた。

相手は道路上に投げ出されて倒れ、私は左の歩道に乗り上げて、民家の塀に激突して倒れた。軽量のレーサータイプの自転車は前輪がねじれ、バイクはハンドルの付け根が曲がってしまったが、幸いにして二人とも、軽傷程度で済んだのだった。

わたしよりまだ歳若い相手に声をかけ、彼が致命的な傷を負ってなく、大丈夫であることを知り、心から安堵した。それから警察に連絡し、わたしの後ろを走って いた自動車のドライバーが目撃者として立ち会ってくれたのもあって、相手が全面的に非を認め、わたしの治療にかかる費用とバイクの修理代を相手側が全額支 払うことで落着したのだが、わたしにはどうしても理解できないことがあり、ともに一台の救急車に乗り込んで救急病院に向かう途中でに彼に聞いてみたのだっ た。

「どうして信号を無視したの」
「いあ、車がくるなんて思ってもいませんでした。でも、どうかしてたんです。すみません」

わたしが原付バイクではなく、仕事用の2tトラックを運転していたなら、間違いなくわたしは彼を轢いてしまっており、少なくとも彼に重傷を負わせ、もしくは 命を奪っていたかもしれないと思うと、ぞっとした。たとえ、いくらこちらが交通ルールを遵守していたとしても、そのあり得る悲惨な事件の結果の謝罪や言い 訳にはならないのだ。

「青信号の時が、実は一番危ないのです」と老齢の教官がいった言葉の意味がはっとするようにひらめき、それまでのひっかかりが埋まるように、深く、わたしの心に刻まれることになった。

その翌日の会社の朝礼で、包帯姿のわたしは皆の前でそのいきさつを報告し、老齢の教官のいった言葉を引用し、その時の「気付き」を伝えようとしたが、わたし の言葉足らずのせいで、それはうまくいかなかった。聞いている皆が首をかしげるように「何を言っているんだろう」とぼんやりしていた様子を憶えている。

こんな一昔前の出来事を思い出したのは、この正月休み、年初めに一冊の本を読んだからである。ベストセラーになっている「人間の覚悟」五木寛之著。

五木寛之氏の著作のいくつかは若い頃によく読んでいたのだが、五木氏がある時期から何か元気がなくなってしまったように思え、また仏教の匂いを必要以上に散 らしているように感じられ、このところしばらく敬遠してしまっていた。わたしの勝手な五木氏にたいするイメージはまず、体力があり、熱く、知性のある行動 派で、芸能が好き、ドライビングが大好き、バブル期にトコトン良い思いをしたモテ系のスケベおやじといったところだったのだが、東京新聞、他の朝刊で昨年 の9月から連載が始まった「親鸞」を読み始めて、これはまた襟を正さなければならないと思ったのだった。

私は若い 頃、車の運転をするのが大好きで、よく首都高横羽線をとばしたものです。ことに羽田の手前、トンネルに入っていく左カーブをどれくらい自分の思った通りに 一センチの狂いもなくコーナリングができるか、みたいなことを嬉々として試していました。しかし六十歳になった頃から、自分の考えているラインと実際に車 が通った線の間にズレが出はじめ、何度試してみても外れるようになったのです。明らかな動体視力の衰えを感じて、「これはやばいな」と思ってそれから運転 はやめました。

五木氏の昔の著作に「雨の日は車をみがいて」というわたしの好きな短編集がある。とてもセクシーな物語で、それぞれの登場人物である女性とあわせ鏡のように、車への偏愛がさりげなく描かれてあった。その五木氏がとうに運転をやめていたのだという。

そろそろ覚悟をきめなければならない。〜中略〜 いよいよこの辺で覚悟するしかないな、と諦める覚悟がさだまってきたのである。「諦める」というのは、投げ 出すことではないと私は考える。「諦める」は、「明らかに究める」ことだ。はっきりと現実を見すえる。期待感や不安などに目をくもらせることなく、事実を 真正面から受けとめることである。

本の中には、ちょうどあの時のわたしが、うまく人に伝えられなかった「気付き」がわかりやすくシンプルな言葉で説明されてあり、深くうなずいてしまった。

青信号だからといって何も注意をはらわず、平気で直進してはいけない。青信号は「通ってもよい」というサインだと交通法規できまっていますが、青信号でも横 から侵入してくる非常識な車は皆無ではありません。〜中略〜 何も、国が作った交通法規が役に立たないということではありません。自分がハンドルを握って いる以上、車にかかわるすべての責任は自分にあるのであって、どこまでも国が面倒をみてくれるなどと思ってはいけないのです。〜中略〜 人間の現実は昔か らそういうものですから、法律できめられていたとしても、自分自身を法律で守ってもらおうとは考えない方がいい。

引用した車にかんする記述は本の中でのほんの一部分で、五木氏は今の世相をわかりやすい的確な言葉でとらえ、その「気付き」を伝えてくれている。昨年の秋葉原の無差別殺人事件、なぜ「蟹工船」が読まれるか、格差社会、マルクスやドストエフスキーの再ブーム、鬱のこと、下山の哲学、すべての人間が抱えているは ずの悪、宗教の違い、他力の風、老いと闇の大切さなど。

自身の戦争体験と鬱の体験を根底に据えた視点は、まだまだ経験の浅いわたしにも腑に 落ちることが多く、なにかお寺で教えを聴いているような気持ちにさせられた。もちろん、そのすべてが理解できたわけではない。まだまだわたしは車を降りる わけにはいかないし、おそらくもっと歳を重ねなければ体験として得られないものを含んでいるのだと思う。年初にこの本を読めたのは幸運だったと思う。

五木氏はのっぴきならないものを、そのなかに抱えている小説家である。エッセイストでも、いいっ放しの評論家でもなく、実践者として今、「親鸞」の執筆、新聞連載が続けられている。

実は今、朝刊が来る朝が待ち遠しくてたまらない。山口晃氏の画もたまらなくいい。たまらないというのは最高で、そんな毎朝を迎えられることにささやかな喜びを感じている。